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日本神経回路学会 オータムスクール

ASCONE2006 『脳を数理で解き明かそう』

Autumn School for Computational Neuroscience

2006年11月23日(木)〜 2006年11月26日(日)伊豆高原 ルネッサ赤沢

【日本神経回路学会誌掲載】 開催報告  体験記: 竹村 浩昌 松嶋 藻乃 高見 道人


Lecture I 「心理物理学入門:まずは体を動かそう」
講師:山本 慎也(産業技術総合研究所)

Lecture II 「ベイズで読み解く知覚世界」
講師:神谷 康之 (ATR脳情報研究所)

Lecture III 「視覚的意識研究の最前線:脳イメージング、電気生理からの知見と求められる理論」
講師:渡辺 正峰(東京大学 工学系研究科)

Lecture IV 「神経経済学入門 I: 自然界で脳はどのように最良な行動を選択していくのだろう?」
講師:酒井 裕(玉川大学 工学部)

Lecture V 「神経経済学入門 II: 社会の中で脳はどのように意思決定していくのだろう?」
講師:鮫島 和行(玉川大学 学術研究所)

招待講演 I 「計算論的神経科学ー小脳内部モデル、システム生物学、操作脳科学」
川人 光男(ATR脳情報研究所 所長)

招待講演 II 「部分観測環境における意思決定のモデル」
石井 信(奈良先端科学技術大学院大学)

招待講演以外は、1講師1トピックについて、 以下のスケジュールで行っていきます。
  1. 「事前知識レクチャー」(約1時間)
    問題意識までの導入を行います。 例えば、不思議な脳の現象などを紹介し、 その問題を考えるための材料を提供します。
  2. 「演習」(約2〜3時間)
    小グループに分かれて、提示された問題について自ら考えながら、 チューター、講師らと共に討論します。 最終的にそのグループの意見として全体に発表できるように、 意見をまとめていきます。
  3. 「演習発表及びレクチャー」(約1時間)
    各グループで行った討論の結果を代表者が全体に発表します。 各グループの意見に対する見解を交えながら、 講師による解説を行います。

11月23日

13:00-13:20 開催の辞

Lecture I 「心理物理学入門:まずは体を動かそう」

講師:山本 慎也(産業技術総合研究所)

脳はどのようにして外界を近くしているのか?これを解明するひとつの手段として、 心理物理実験があげられる。本実習では、頭であれこれ考えるのではなく、実際に体 を動かして様々な不思議な現象を体験してもらう。これによって、脳の不思議を感じ 取ってもらうと同時に、観察することの重要性とその表現の仕方を体得してもらいた い。実習では1)視覚実験、2)聴覚実験、3)触覚実験、4)筋電図を用いた実験等を準備 しているが、興味がある現象を持ち込んで実験・議論することも歓迎する。

13:20-14:20 事前知識レクチャー

14:20-17:00 演習

17:00-18:00 演習発表及びレクチャー

19:00-21:00 Welcome party

11月 24日

講義録 柴田 和久 【日本神経回路学会誌掲載】

Lecture II 「ベイズで読み解く知覚世界」

講師:神谷 康之 (ATR脳情報研究所)

われわれは、知覚される世界が物理世界そのものだと感じています、そして、実際そう考えて日常的に不自由は生じません。しかし、このこと自体驚くべきことなのです。視覚の場合、3次元が2次元に投射されたものが網膜に与えられ、その過程で多くの情報が失われています。また、ノイズ、遮蔽、環境の変動などさまざまな要因が、感覚入力をあいまいで不完全なものにしています。感覚入力だけから、外界の情報を特定することは一般に非常に困難なのです。 この講義では、最近の知覚研究の根底にある「ベイズ的知覚観」を解説します。ベイズ的知覚観によると、感覚入力は、外界を写し取ったものではなく、脳がもつ外界のモデルや仮定(ベイズ統計における「事前知識」)を更新するためのデータにすぎません。つまり、知覚は、外界のモデルと感覚入力の最適な統合によって生じるものだと考えます。このような考え方がいかに有効であるかを、具体的な知覚現象のベイズモデルを用いて解説します。 錯視や空耳など「誤った知覚」は、知覚世界と物理世界の乖離を示すだけでなく、脳がどのような情報処理によって知覚を成立させているかを理解するための有効な手がかりとなります。ベイズ的知覚観によると、多くの錯覚現象は、「感覚入力を最適に処理するようデザインされたシステムの特性が顕在化したもの」と見なすことができます。ここから、「錯覚は最適知覚である」というパラドキシカルな命題が引き出されます。今回の演習では、錯覚や日常的な知覚現象を題材にして、ベイズ的モデル化とモデルの妥当性を検証する実験のデザインを行いたいと考えています。ベイズ的原理を具体的な知覚現象に適用することを通して、知覚の計算原理についての理解が深まることを期待しています。

9:00- 10:00 事前知識レクチャー

10:00-12:00 演習

討論課題:
錯覚や日常的な知覚現象を題材にして、そのベイズ的モデルの構築し、その妥当性について考察してください。

12:00-13:00 昼食

13:00-14:00 演習発表及びレクチャー

Lecture III 「視覚的意識研究の最前線:脳イメージング、電気生理からの知見と求められる理論」

講師:渡辺 正峰(東京大学 工学系研究科)

近年の脳計測技術の進歩により、脳科学者の間で長年タブー視されてきた意識のメカニズムにようやくメスが入ろうとしている。本レクチャーでは、意識研究の中でも"visual awareness"(視覚的意識)と呼称される、視覚体験を生む意識のメカニズムの解明に向けての取り組みの最前線とその限界について紹介し、今後の発展においてモデル的な視点が必要不可欠となることを伝えたい。

視覚的意識研究の発端となったのは、両眼視野闘争下で知覚交代を起こしている最中のサルのニューロン活動を記録したLogothesisらの歴史的研究である。両眼視野闘争とは、二つの目に異なる刺激を入力したときに、それらが混ざり合ったものとして知覚されるのではなく、数秒おきに左目と右目の刺激が交代するかのように意識される現象である。ここでポイントとなるのは、物理的な刺激は変化しない中で知覚がビビッドに切り替わる点である。Logothesisらは、「視覚的意識を担う脳部位」であれば、ボタン押しによって報告されるサルの知覚体験と連動してニューロン活動が変動するはずであると考え、低次から高次までのさまざまな視覚系脳部位について系統的に計測を行った。その結果、大脳皮質への視覚信号の入り口となる第一次視覚野では20%程度のニューロンが統計的有意に変動したのに対して、形態認知の最終領野となるIT野では、80〜90%のニューロンが変動することが分かり、その解釈についてさまざまな議論がなされている。特に問題となったのは、第一次視覚野の果たす役割である。DNA二重螺旋構造の発見で有名なCrickは、第一次視覚野は網膜と同様"見る"ために必要ではあるが、それは視覚信号の中継地点に過ぎず、視覚的意識そのものを表現されているわけではないと主張し、視覚的意識研究の火付け役となった。裏をかえせば、意識を担う部位は一握りであることを意味する。それを受ける形で、第一次視覚野が視覚体験を生むために本質的に重要であり、単なる中継基地以上の役割を担うとする説は、数多くの脳研究者によってさまざまな形で唱えられている。

現時点では、心理物理、電気生理、脳イメージング等からの知見により、後者の仮説に軍配があがりつつある。そのなかで焦点となっているのが、高次から低次の領野間をつなぐトップダウン結合である。しかし、高次領野からの神経投射の実効的な相互作用の正負についても未だ議論が多い中で、その具体的な中身についてはほとんど手付かずといってよい。今後、視覚的意識のメカニズムを解き明かす鍵となるのは、トップダウン結合の機能であり、第一次視覚野に目を向ければ、それが視覚野全体のダイナミクスにいかなる作用を及ぼすかということになるであろう。単なる現象論を超えて、いよいよモデル的な視点が必要な段階に入ったと言っても過言ではない。レクチャーでは、領野間相互作用のさまざまな脳モデルを紹介し、それらと視覚的意識研究の間に接点をみつけ、真の意味でのメカニズム解明に向けての研究の方向性について議論していきたい。

14:30-15:30 事前知識レクチャー

15:30-18:00 演習

18:00-19:00 夕食

19:00-20:00 演習発表及びレクチャー

11月25日

講義録 三浦 佳二 【日本神経回路学会誌掲載】

Lecture IV 「神経経済学入門 I: 自然界で脳はどのように最良な行動を選択していくのだろう?」

講師:酒井 裕(玉川大学 工学部)

我々人間も含め、動物が生き残っていくためには、より多くの餌を得て生存の危険を避けるために適切な行動を選択しなければいけません。選んだ行動の結果は必ずしも一定しているとは限りません。同じ状況で同じ行動を選択しても、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。そんな中で試行錯誤して、できるだけ高い確率でうまくいくような行動を選択できるように学習していかなければなりません。では、一体、脳でどのように最良な行動選択を学習していくのでしょうか。

動物の脳における学習のメカニズムを調べるためには、学習が失敗する場合に成り立つ法則を調べる方法が有効です。動物にいくつかの選択肢の中から1つを選択させ、その選択に応じて確率的に餌を与えるような課題を実行させた場合を考えましょう。餌を与える確率法則が単純な場合、動物は平均的に最も餌が獲得できるような行動選択をするようにないります。しかし、餌を与える確率法則を少し複雑にしますと、餌の平均獲得量が最大となるような行動選択ができないことがあります。このような場合に動物が示す行動を調べると、「マッチングの法則」と呼ばれる法則が成り立っていることが知られています。

「マッチングの法則」を実現するような学習メカニズムはいくつか提案されていますが、なぜ動物が「マッチングの法則」を示すのか、未だ謎とされています。この講義では、「マッチングの法則」がなぜ顕れるのか、そのためには脳の中でどのような学習メカニズムが使われている必要があるのか、議論していきます。

9:00- 10:00 事前知識レクチャー

10:00-12:00 演習

討論課題:
マッチング行動で、最大の報酬が得られるような選択課題もあるが、 動物は報酬最大化できない場合にも、マッチング行動を示す。 それは一体なぜか?

12:00-13:00 昼食

13:00-14:00 演習発表及びレクチャー

講義録 金子 祐子 【日本神経回路学会誌掲載】

Lecture V 「神経経済学入門 II: 社会の中で脳はどのように意思決定していくのだろう?」

講師:鮫島 和行(玉川大学 学術研究所)

自然な環境の中で、私たち人間を含めた生物が生き残るには、より高い確率で餌を得る、危険を避ける、などの適切な行動を取る必要があります。神経経済学入門第1部では、動物を例に確率的に振舞う環境の中でいかにして最適な行動選択を学習するか、という問題設定をあつかいました。しかし、私たち人間は、他人との関わりの中で意思決定を行っています。自然は、私たちの行動を予測はしません。すなわち自分が行動戦略をいかに取ろうと自然の振る舞いには基本的には無関係です。しかし、他人は自分がどう振舞うかによって、その振る舞いを変更してきます。私たちの脳は、このようにより激しく、しかも自分との関わりで変動する、他者との関わりの中で、如何にして意思を決定しているでしょうか?

本講義では、第1部で扱うような定常な確率を持つ環境の問題設定から出発し、その環境の中での行動選択を説明するメカニズムの1つである強化学習の枠組みを説明します。また、強化学習を行うのに重要な要素と動物実験から得られる神経活動との比較し、強化学習が脳で実現されるとしたら、どのような回路がどのような計算を行うのかを論じます。さらに、他者の振る舞いを想定したときには、強化学習に何がたりないのか、どういう機能や理論を必要とするのか、一緒に考えて見ます。最後に、他者との関係を想定した最近の動物実験やヒトの行動実験、機能的脳画像(fMRI)の知見を紹介しながら、他人と駆け引きを数理モデル化する経済学と、脳における意思決定を研究する神経科学を組み合わせた境界領域である神経経済学とはどういった領域なのかを概観してゆきます。

14:30-15:30 事前知識レクチャー

15:30-18:00 演習

18:00-19:00 夕食

19:00-20:00 演習発表及びレクチャー

11月 26日

講義録 田中 宏和, 宮脇 陽一 【日本神経回路学会誌掲載】

招待講演 川人 光男(ATR脳情報研究所 所長)

計算論的神経科学の定義は様々だろうが演者は、脳の機能を脳の原理に基づいて人工的に再現できる程度に理解することであるとしている。もっとも成功した計算理論の一つ小脳内部モデル理論を先ず紹介する。最近になって、小脳プルキンエ細胞のシナプス可塑性のシステム生物学モデルによって、LTDが教師あり学習であることがよりシャープに認識され、大脳や海馬と全く異なる学習方式が改めて明白になった。最後に、今後の計算論の進むべき一つの方向性として、ブレインマシンインタフェースなどの方法を用いて脳の状態を操作することによって、理論を検証する可能性について述べる。

9:00- 12:00 講演

12:00-13:00 昼食

講義録 田中 沙織 【日本神経回路学会誌掲載】

招待講演 石井 信(奈良先端科学技術大学院大学)

「部分観測環境における意思決定のモデル」

ヒトは、しばしば直接観測できない状態変数が存在するような状況、すなわち部分観測環境において、最適に意思決定を行う必要がある。典型的には、コミュニケーションなどのマルチエージェント状況がそうした部分観測環境の例である。最適な意思決定の方法として、過去の観測に基づき不観測状態を推定し、その推定を意思決定に反映することが考えられ、ここでの「推定」を信念と呼ぶとする。信念をいかに形成し、それを行動決定に反映するのか、を意思決定のモデルである強化学習の枠組みで説明し、それを実際に人工知能エージェントに実装することで、効率的な強化学習が可能であることを示す。また、その脳内実現についての我々の仮説と、仮説の検証を行うための認知心理実験の結果について述べる。ヒトが不完全ではあるが、逐次的ベイズ推定の枠組みを用いて信念を形成し、その信念に基づき意思決定を行う可能性を示す。

13:00-15:00 講演

15:00-16:00 討論会

運営

鮫島 和行(玉川大学 学術研究所)
酒井 裕 (玉川大学 工学部)
渡辺 正峰(東京大学 工学系研究科)
山本 慎也(産業技術総合研究所)

共催

日本神経回路学会
文部科学省科研費・統合脳5領域
文部科学省科研費・特定領域研究「情報統計力学の深化と展開」